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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)515号 判決

原告 小林健次

右法定代理人親権者父 小林等

同母 小林くに

右訴訟代理人弁護士 森川正治

被告 株式会社 田中建設

右代表者代表取締役 田中由朗

右訴訟代理人弁護士 武田隆彌

被告 東京都

右代表者知事 鈴木俊一

右指定代理人 大嶋崇之

〈ほか二名〉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し八一八三万九〇〇〇円及び内金七六八三万九〇〇〇円に対する昭和五八年一月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告株式会社田中建設(以下「被告会社」という。)の答弁

主文同旨

三  被告東京都(以下「被告都」という。)の答弁

1  主文同旨

2  予備的に担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  谷地川は一級河川で、建設大臣の管理下にあるが、八王子市石川町地内の谷地川は被告都知事が国(建設大臣)からの機関委任事務としてその管理を執り行っており、被告会社は、土木建築請負等を業とする会社であるところ、昭和五七年六月一五日、被告都知事との間で、八王子市石川町地内の谷地川について工事期間同年六月一五日から昭和五八年三月一日までの約定で、「谷地川整備に伴う水路工事請負契約」を締結した。

2  事故の発生

(一) 原告(昭和四八年九月一日生)は、昭和五七年八月一〇日午後五時ころ以降、別紙谷地川境界点復元測量図(以下単に「別紙図面」という。)に赤実線で表示した経路で、原告宅から右契約に基づく水路工事(以下「本件水路工事」という。)の施工されていた谷地川を渡って八王子市石川町一〇〇七番付近の崖に赴き、同所付近において原告の兄ら四名と一緒に化石探しをしていたところ、同日午後六時ころ、谷地川河川敷と右石川町一〇〇七番の土地(以下「一〇〇七番の土地」という。)との間の官民境界から約六、七メートル民有地である一〇〇七番の土地内に入ったところに所在する高さ約七メートルの崖(以下「本件崖」という。)が突然崩れ落ち、原告は逃げ遅れ、右官民境界から約二メートル官有地である谷地川河川敷内に入ったところに設けられていた、工事中で未完成の鉄筋コンクリート製護岸の基礎部分(以下「本件コンクリート基礎」という。)に躓いて転倒し、同基礎部分と崩落土砂(約一〇立方メートル)とに下半身を挟まれて身動きが出来なくなった(以下「本件事故」という。)。

(二) 原告は、本件事故により、左大腿部高度挫滅、大腿骨骨幹部骨折の傷害を受け、武蔵野赤十字病院、日本医大病院で治療、手術を受けたが左下肢壊死の状態は進行し、同年九月六日、武蔵野赤十字病院で左大腿切断の手術を受けた。

3  被告会社の責任

(一) 本件水路工事現場は民法七一七条に規定する土地の工作物に該当する。しかして水路工事現場においては、河川敷・河川区域外の民有地であっても、少くとも水路工事において整地作業が行われたり、資材・建築機械置場として使用されているところは、水路工事現場に含まれると考えるべきである。

本件事故現場付近では、本件水路工事契約において、官民境界を越えて民有地である一〇〇七番の土地の方に相当に入り込んで整地作業を行う計画であったから、官民境界から本件崖に至るまでの土地のすべては本件水路工事現場に含まれ、土地の工作物に該当する。

(二) そして、(1)本件水路工事は、切土、床掘、掘削、埋戻、ブルドーザーによる地均し、コンクリート毀し、開渠及び護岸復旧等の水路工事、人孔及び管渠工事、境界コンクリート工事並びに仮設道路工事等を内容とするが、右工事内容からいって本件水路工事現場は極めて事故発生の危険性の高い場所であったこと、(2)本件事故現場付近には、工事現場に隣接して高さ約七メートルの垂直ないしオーバーハングぎみに聳えたつ崖があるが、右崖頂部付近には深さ約一メートル、幅約五〇センチメートル、長さ約一〇メートルの溝があり、しかも本件事故直前の昭和五七年七月三一日から翌八月一日にかけては台風による豪雨があったから、同崖の崩壊の危険性は充分に予測できたこと、(3)本件事故発生前にも児童が本件崖付近に化石探しに来ていたことがあり、本件事故現場付近の谷地川は、本件水路工事以前は野草が生えた斜面が続いていたが、本件事故当時は本件水路工事によって河床の掘削、埋戻、地均し、整地等がある程度行われ渡渉しやすい状態になっていたことを考慮すると、被告会社は本件工事現場に一般人や児童の立入を阻止し、事故の発生を防止するに足る設備を設けるべき義務があった。

(三) しかるに被告会社の取っていた立入禁止措置は、別紙図面に表示の旧鶴見橋の北東の端を除く三箇所の端部にトラロープで結んだ二個の保安柵バリケードを設置していたにすぎなかった。

右の他には、旧鶴見橋の北東端から東方へ約二〇メートル及び工事用道路入口から東方へ約二〇メートルはいずれも資材置場で、コンクリートブロックが積まれ、事実上、立入防止の役割を果していたにすぎない。

右の如く事故防止設備の不充分であった本件水路工事現場は、その設置又は保存に瑕疵があったものというべきであり、原告は右瑕疵により本件水路工事現場へ立入り、その結果本件水路工事現場において本件事故に遭遇したのであるから、被告会社は本件水路工事現場の占有者として原告の被った第5項の損害を賠償する責任がある。

4  被告都の責任

谷地川は公の営造物にあたり、河川管理者たる被告都知事は、水路工事施工中であっても、工事施行者を指導するなどして事故の発生を防止するための万全の措置を尽すべきであったにもかかわらず、被告会社が前記措置しか取らなかったことを看過していたものであるから、河川の管理に瑕疵があったものというべきであり、被告都は谷地川の管理費用を負担しているから国家賠償法三条に基づき原告の被った第5項の損害を賠償する責任がある。

5  損害

本件事故により原告の被った損害は次のとおりである。

(一) 逸失利益 六一八三万九〇〇〇円

原告は満一八歳から満六七歳まで就労可能であるところ、高卒の男子労働者の年間平均収入金額は三五一万円で、本件事故による原告の労働能力喪失率は九二パーセントであるからホフマン方式により中間利息を控除して原告の逸失利益を算定すると六一八三万九〇〇〇円となる。

(二) 慰藉料      一五〇〇万円

原告はわずか満七歳余りにして左下肢を喪失し、これからの長い人生を身体が不自由な、顕著な障害者として生きてゆかなければならないこととなった。原告の精神的苦痛は計り知れないというべきであり、これを慰藉する金額としては一五〇〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用     五〇〇万円

原告は、原告代理人弁護士二名に対し、本件訴訟終結時に二五〇万円ずつの報酬を支払うことを約したが、右弁護士費用も本件事故と相当因果関係のある損害である。

6  よって、原告は、被告会社に対しては民法七一七条に基づき、被告都に対しては国家賠償法二、三条に基づき、各自損害金八一八三万九〇〇〇円及び内金七六八三万九〇〇〇円に対する各訴状送達の翌日である昭和五八年一月二九日より支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の(一)のうち、原告が昭和五七年八月一〇日午後六時ころ本件崖崩れに遭遇し、崩落土砂に下半身が埋まった事実は認めるが、原告の正確な進入経路、本件事故当時の転倒位置及び原告が本件コンクリート基礎に躓いたことは不知。

同2の(二)につき、被告会社は原告が武蔵野赤十字病院で治療を受けたことは認め、その余は不知。被告都は右事実はいずれも不知。

3  同3の(一)のうち本件コンクリート基礎が土地の工作物であることは認めるが、本件水路工事現場の敷地それ自体が土地の工作物に該当するとの主張は争う。

また、本件水路南岸一帯は、将来埋戻の段階に至れば、埋戻に必要な限度で被告都が所有者井上の使用許諾を受け、被告会社が占有する予定ではあったが、本件事故当時は工程上その必要がないため、被告都は右使用許諾を受けておらず、従って、被告会社は本件事故現場付近の民有地は占有していなかった。

4  同3の(二)のうち本件事故現場付近に切り立った崖がある事実及び昭和五七年七月三一日から同年八月一日にかけて台風が襲来した事実は認めるが、児童の化石探しについては本件水路工事前は不知、本件水路工事開始後は否認、その余は争う。

本件水路工事現場の本件事故当時の状況は次のとおりである。

(一) 本件水路工事現場の近隣は、畑と山林が続く農作地帯で、住宅は三戸にすぎず、そのうち児童がいたのは原告宅だけで、付近道路の交通量は少く、学校、公園及び遊び場も存在せず、本件水路工事現場の南側は険しい崖で、北側も杉林と大人の胸まで達する深く密生した笹ヤブに覆われたかなり急な斜面であって、第三者が本件水路工事現場に立入る可能性は低かった。

(二) 本件事故当時の本件水路工事進捗状況は、流水を旧鶴見橋西側で塞止め、河床の流路部分を整正するなどしてその上にコンクリート基礎を打ち終わった段階にあり、工作物それ自体からは何ら危険を生じることはなかった。

5  同3の(三)のうち、被告会社が原告主張の立入禁止措置を講じたことは認め、被告会社の取った立入禁止措置が右にとどまることを否認し、被告会社の取った立入禁止措置が不充分であるとの主張は争う。

被告会社は右の他、次のとおりの立入禁止措置を取った。

(一) 旧鶴見橋の北東端から東方へ約二〇メートルの間の資材置場と原告宅方面へ通ずる別紙図面表示の赤道との境は保安柵バリケードを間断なく並べ、トラロープを三本以上張巡らし、かつ右バリケードには危険を知らせるブリキ板の標識を吊り下げた。

(二) 旧鶴見橋東方のブロック置場から、さらにその東方の別紙図面中⑤バリケード3mと表示付近の工事車両入口までの間は、右赤道と本件工事区域との境に保安柵バリケードを一メートル位の間隔をあけて置き、トラロープを二本張った。

(三) 工事用道路入口には、作業終了時、大型のフェンスバリケードを三枚置き、その前にさらに保安柵バリケードを何枚か置いてトラロープを結んだうえ、立入禁止の大型立看板を置いた。さらに、右バリケードの奥には道路を遮断するためユンボ一台、ブルトーザー一台を前後に並べ二重に通行止した。

(四) 工事用道路入口から東方へ約二〇メートルの間の資材置場と赤道との境も、橋際の資材置場と同様、保安柵バリケード及びトラロープを設置した。

(五) なお右資材置場の東方から別紙図面表示の新谷地川南岸を東西に走る管理道路までは、本件水路工事以前からネットフェンスが設置されていた。

右の如く、被告会社の取った立入禁止措置は、現場周囲の社会的環境、地形、工作物の危険の程度に照らし、通常期待される程度以上の施策であって、この点に工作物の設置保存上の瑕疵はない。

また、本件崖の崩落は異常な豪雨によるものであって予測可能性はないし、そもそも本件崖の基部はコンクリート基礎から一〇メートルも離れた民有地内にあり、被告会社の占有下にはなく、本件水路工事と本件事故発生とは事実上の因果関係がない。

6  同4のうち、被告都が谷地川の管理費用を負担していることを認め、その余を否認ないし争う。

本件水路工事区域への立入禁止措置は右5記載のとおりであったばかりでなく、本件水路工事発注前に本件河川区域への侵入を阻止する目的で別紙図面表示(⑥既設ネットフェンス)のとおり谷地川への転落または侵入の危険性のある箇所にはネットフェンスが設置されており、また、被告都建設局の担当職員は、昭和五七年六月二九日、被告会社の担当者に対し、原告宅を含む付近住民に工事への協力依頼と工事現場に近づかないよう広報活動するよう指示しており、河川管理者たる被告都知事は本件水路工事現場への侵入を防止するため充分な措置を講じた。

右のとおり谷地川の管理に全く瑕疵はなく、かつ、本件崖は谷地川河川区域でも本件水路工事区域でもなく河川の管理瑕疵と本件事故との間には全く因果関係がない。

7  同5は争う。

三  抗弁(被告会社)

原告家族は昭和五二年以来本件水路工事現場付近の現住地に居住し、原告の両親は、本件水路工事現場付近の状況特に天然崖の危険性、本件水路工事の施工、立入禁止措置については熟知していたのに原告らの化石探しを制止しておらず、本件事故当時原告の同行者中には事理弁識能力のある中学生や小学校高学年の原告の兄がいたにもかかわらず、被告会社の前記立入禁止措置を無視して現場に侵入したことからすれば、本件事故は原告が自ら招いた危難というべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1記載の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の発生

原告が、昭和五七年八月一〇日午後六時ころ、本件崖崩れに遭遇し、崩落土砂に下半身が埋まったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、原告は、昭和五七年八月一〇日午後五時ころ、友達三名とともに、別紙図面赤実線表示のとおり、原告宅から、本件水路工事用ブロック資材置場及びブルドーザーの東側を通って、本件水路工事施工中の谷地川を渡り、一〇〇七番の土地付近の本件崖下に赴き、同所付近において右友達三名及び後に加わった原告の兄と一緒に化石探しをして遊んでいたところ、同日午後六時ころ、高さ約七メートルの本件崖のうち別紙図面中崩落場所と表示の部分が突然崩れ落ち、原告ら五人は崩落土砂を避けようと逃げ出したが、原告は谷地川方向へ逃げたため、河川敷内に設置されていた工事中で未完成の本件コンクリート基礎に躓いて転倒し、同基礎部分と崩落土砂(約一〇立方メートル)との間に下半身が挟まれ、約一時間二〇分後に救出されたが、その間下半身が極度に圧迫されていたため、左大腿部高度挫滅、大腿動脈損傷、左大腿骨開放骨折、右大腿骨々折の傷害を受け、救出後直ちに武蔵野赤十字病院で緊急手術を受けた後、同月一四日日本医科大学第一病院へ転医して治療及び手術を受けたが、左下肢壊死状態は進行し、同月三〇日に武蔵野赤十字病院へ再入院し、同年九月六日、左大腿切断の手術を受け、その後起立訓練を開始し、現在は義足を付け通学していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  本件事故現場

《証拠省略》を総合すれば、本件水路工事区域は、原則として別紙図面中の①官民境界線で表示された線内の官有地であるが、資材置場、護岸の埋戻整地用地等として工事に必要な範囲の隣接民有地も、被告都がその所有者から借受またはその承諾を得るなどしたうえで、被告会社が使用していたこと、本件事故現場付近でも、官民境界から約三メートル民有地内に入って護岸の埋戻、整地をする予定であり、本件事故当時は、掘削した泥を土手や崖口へ摩り付ける作業が行われていたこと、しかし本件崖、その基部は井上重雄所有の民有地であり、官民境界から南側に約七メートルも離れていたから右埋戻、整地の範囲に含まれず、被告らは所有も占有もしていなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  本件事故現場近隣の状況

《証拠省略》を総合すれば、次のとおり認められる。

1  本件事故現場の近隣は、畑と山林が続く農作地帯で住宅数は少く、特に谷地川の北側と新谷地川との間においては原告宅を含めても四軒の住宅が存在するのみで、周囲に幼稚園、学校、公民館及び児童の遊び場等の公共施設は存在せず、近隣道路の交通量も車両通行量は多かったが歩行者は殆どいなかった。

2  谷地川は、本件水路工事施工前から流水量が少く、本件事故現場付近では深さ約一〇センチメートルほどで幅も約一、二メートルほどであったから、児童でも渡渉可能であったが、本件水路工事開始後は、右工事のため上流で仮排水し、谷地川への流水を塞止めたので、流水量はさらに減少し、泥状の川底が露出した状態になったうえ、本件水路工事により、別紙図面表示の①官民境界線内の土地は地均しされていたため、渡渉がさらに容易になっていた。

3  本件水路工事開始前は、週末に旧鶴見橋袂で釣をしたり、ときには、本件崖付近で化石探しをしたりして遊ぶ児童がおり、原告も化石探しをして遊んだことがあったが、右工事開始後は、谷地川の流水量が減少し魚がいなくなったので釣をする者がいなくなったのを始め、原告を含め本件水路工事現場周辺で遊ぶ児童はいなくなった。

4  谷地川の南岸は、旧鶴見橋付近から本件崖西側の別紙図面中崩落場所と表示の部分付近までは、雑草が繁茂し、立入が困難ななだらかな崖で、本件崖付近から東方約二〇メートルの別紙図面中②崖地と表示の部分は険しい崖となり、右崖の東方、別紙図面中③雑木林と表示の部分は平坦な雑木林となっていた。谷地川の北岸は、旧鶴見橋付近から原告宅の南東付近までの間の谷地川と赤道との間の別紙図面中③杉林と表示の部分は、高さ約五〇センチメートルから一メートルほどの雑草やバラ木などの下草が密生した立入が困難な杉林で、そのさらに東方の土地と赤道との間は、本件水路工事により整地されていたが、赤道との境は、本件水路工事開始前から、別紙図面中⑥既設ネットフェンスで表示のとおり、転落防止用ネットフェンスが被告都により設置されていた。

5  本件崖付近は高さ約七メートルの垂直ないしオーバーハング気味の険しい崖地で、所有者の井上重雄は、右崖地の上部を畑地として利用し、崖縁に深さ五〇センチメートルないし一メートル、幅約五〇センチメートル、長さ約一〇メートルの素掘側溝を掘っていたうえ、昭和五七年は、七月末から連日雨が降り続き、同月三一日から翌八月一日にかけては台風による豪雨があった。しかし、本件崖は過去に崩落したことがなく、右素掘側溝の存在も知られていなかったので、原告の両親を含め近隣の人々、被告会社及び被告都の担当者も本件事故以前には本件崖崩落の危険性はまったく認識していなかった。

右のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

五  立入禁止措置

《証拠省略》を総合すれば、被告会社は、被告都の指示により、本件水路工事開始前に、原告宅を含む本件水路工事現場近隣の住宅を訪問して、右工事についての説明及び工事用ダンプ等の運行について注意を呼び掛けたこと、被告会社は、本件水路工事開始後、(1)旧鶴見橋の北東の端を除く三箇所(別紙図面中、P4、P5、B9の各点付近)にそれぞれトラロープで結んだ二個の保安柵バリケードを設置し、(2)旧鶴見橋の北東端から東方へ約二〇メートルの間の別紙図面中ブロック材料置場と表示の部分を資材置場にしてコンクリートブロックを積上げ、右資材置場と原告宅方面へ通じる赤道との境には保安柵バリケードを並べトラロープを三本張巡らし(別紙図面中トラロープ20mと表示の部分)、(3)右資材置場からその東方の工事用道路入口までの間の赤道との境には保安柵バリケードを置き(別紙図面中⑤バリケードと表示の部分)、(4)工事用道路入口には、作業終了時、大型フェンスバリケード三枚及び立入禁止を告示する大型立看板を置き(別紙図面中⑪立入禁止板と表示の部分)、右大型フェンスバリケードの奥にはユンボ一台及びブルドーザー一台を並べ、(5)右工事用道路入口から東方へ約一〇メートルの間も資材置場にしてコンクリートブロックを積上げたこと、右資材置場二箇所に積上げられたブロックと工事用道路入口に並べられたユンボ一台及びブルドーザー一台は結果的に立入防止の役割も果していたこと、被告都は、本件水路工事開始以前に、別紙図面中⑥既設ネットフェンスで表示のとおり、原告宅南東付近から下田橋付近にかけて、赤道に沿って転落防止用ネットフェンスを設置していたところ、被告会社は、本件水路工事中、右ネットフェンスのうち別紙図面中⑤フェンスバリケードと表示の部分のネットフェンスは撤去したが、被告都の指示により、右部分に仮設ネットフェンス及び立入禁止板を設置していたことが認められ(なお、被告会社が旧鶴見橋の北東の端を除く三箇所の端部にトラロープで結んだ二個の保安柵バリケードを設置したこと及び二箇所の資材置場にコンクリートブロックを積上げ、これが立入防止の役割も果していたことは当事者間に争いがない。)(る。)《証拠判断省略》

六  右認定の事実に基づき、被告らの責任について判断する。

原告は、官民境界から本件崖に至るまでの土地は本件水路工事現場に含まれる旨主張するが、前記三で認定したとおり、本件水路工事区域は必ずしも官民境界線内の官有地に限定されるものではなく、民有地であっても右工事に供用される土地はこれに含まれることがあると解されるのであるが、本件事故現場付近においては、被告会社が本件水路工事において使用予定の民有地の範囲は、官民境界の外側せいぜい約三メートルにすぎないのであるから、その外側で、所有者は第三者たる井上重雄であった本件崖を含む土地は本件水路工事現場には含まれないというべきである。

なお、原告は、水路工事現場は民法七一七条の土地の工作物に該当する旨主張するが、土地の工作物とは、土地に接着して人工的作業を加えることによって成立した物をいい、工事により造成等された場所はともかく、工事現場内の土地が一律に土地の工作物に該当するとはいえず、原告の右主張は採用できない。

そうすると、原告の被告会社に対する民法七一七条に基づく責任を問う本訴請求部分は、まずその前提を欠くものといわなければならない。

なお、原告は、被告会社の本件水路工事現場への立入禁止措置が不充分であったために原告が本件水路工事現場へ立入りその結果本件事故に遭遇した旨主張するので、右の点について判断するに、被告会社が、本件水路工事にあたって講じた立入禁止措置は前記五で認定したとおりであり、これによれば、原告の本件水路工事現場への侵入箇所である工事用道路入口東端と既設転落防止用ネットフェンスの間は、そのうちの約一〇メートルに工事用資材であるコンクリートブロックが積上げられていたにとどまり、他に格別の措置は講じられていなかったことが認められるが、本件水路工事現場の近隣の状況及び地形からして、本件水路工事現場内に工事関係者以外の第三者が侵入する可能性は小さかったこと、原告の両親を始め本件崖の崩落の危険性を認識していた者はいなかったこと等の諸事情を考慮すると、本件崖崩落による事故防止との観点からみる限り、被告会社の立入禁止措置が不充分であったとまでは判断することができない。

従って、原告の被告会社に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

そうすると、被告都知事の被告会社に対する立入禁止措置についての指導が不充分であったとはいえないから、原告の被告都に対する請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

七  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 落合威 裁判官 坂本慶一 裁判官白石史子は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 落合威)

〈以下省略〉

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